続・「高音質CD」という都市伝説。

前回の続き。

SHM-CDは本当に高音質なのか」ということを考察しているわけです。SHM-CDと通常CDを聴き比べることが出来る市販のサンプラーCD『これがSHM-CDだ!2』をまな板の上に乗せて実験しています。

前回のあらすじを軽くまとめると、
  1. 『これがSHM-CDだ! 2』にパッケージされているSHM-CDと通常CDには、同じデジタルデータが収録されているのかどうかを検証。
  2. 双方のトラックを、PCにリッピングして比較してみたところ、両者は同一のデータを収めていることがわかった。
  3. あれ? 「両方から同じデータが取り出せた」ということは「両者から同じ音が再生される」ってことだよね。
  4. つまりSHM-CDと通常CDで、音質に差があるなんてことは有り得ない。
この結果に対して、「PCでのリッピングとCDプレーヤーでの再生を同一視してはいけないんじゃないの。PCでのデータ読み込みの時は"エラー訂正"が厳格に動作している筈だし、この結果だけではCDプレーヤーでの再生で、SHM-CDと通常CDが同じ音を出すかどうか分からない」という反論は成り立ちます。

ということで今回は「SHM-CDと通常CD、それらをCDプレーヤーで再生した時に、再生される音に違いはあるか」を調べてみました。

方法は以下の通り。
  1. CDプレーヤーでSHM-CD、通常CDをそれぞれ再生。
  2. CDプレーヤーのデジタル出力から、再生された音をデジタルレコーダに録音。
  3. 録音されたものを比較してみる。
これで、次のことが分かる筈。

★SHM-CDを再生して得られたデータと、通常CDからのデータが異なる場合。
  • CDプレーヤーの、CDからのデータ読み取り品質が、SHM-CDと通常CDでは異なる。おそらく「高品質で正確なデータ読み出しを実現」を謳っているSHM-CDの方がCD上のデータに忠実な読み取りがなされていると推測できる。通常CDでは、CDプレーヤーが補正できないレベルで「読み取りエラー」が出ているのであろう。
  • この場合、SHM-CDと通常CDの間で「音質に差がある」ということができる。(人間の耳で識別できる範囲の違いがあるかどうかは別として。また"SHM-CDの方が高音質"であるかどうかも、主観の問題なのでちょっと脇に置いておく)
★両者が同一の場合。
  • 「双方から同じデジタルデータが取り出せる」ということは、「そこからD/A変換して得られるアナログデータは同一である」と言える。つまりSHM-CDと通常CDからは、全く同じ音が再生される。両者に音質の差は無い。
さて、実際にやってみよう。

再生に用いたのは、Pioneerの4年落ちのDVDプレーヤー。うちにある機器の中で、音声のデジタル同軸出力端子があるのがコイツだけだったという理由。
録音に使ったのはM-AUDIOのMicroTrack 24/96。これとDVDプレーヤーをデジタルケーブルで繋いで、CD再生→録音。録音品質は当然16bit/44.1kHzで行いました。

音源は『これがSHM-CDだ! 2』の9トラック目、スティービー・ワンダーの『My Cherie Amour』を使ってみた。とくに理由はありません。

CD上のオリジナルデータと、SHM-CD・通常CDからデジタル録音したデータを比較しました。

実際に得られた波形のデータ。曲の頭から44秒辺りの波形(左チャンネルのみ)を見てみましょう。ちなみにこの部分を選んだ理由も、特にありません。上から「CDからPCにリッピングしたデータの音声波形」「SHM-CDを再生→デジタル録音したデータの音声波形」「通常CDを再生→デジタル録音したデータの音声波形」です。





似てますね

「似てますね」だけではどうしようもないので、これらがどのくらい同じか(違うか)を確かめてみましょう。

  1. DAWアプリケーション・CUBASE SXにこれらのデータを読み込みます。
  2. 次に各データの開始サンプルポイントを厳密に合わせます。これは目視をしながら1サンプルずつずらして一致させるというイライラする作業。
  3. 開始ポイントが合ったら、オリジナルのデータの位相を反転させます。
  4. 位相を反転させたオリジナルデータと、SHM-CD再生で得られた録音データをミックス。通常CDからのデータも同様にオリジナルとミックス。
ミックス後に得られる波形を見ることで「オリジナルデータからのずれ」を検出できますね。
ミックス後の波形が完全にフラット(曲全体においてデータの値が常に"0")であれば、オリジナルデータと再生後のデータが完全に一致していることになります。

さて結果は。

CUBASE SXの「統計」メニューで、ミックス後の波形データの情報を見てみます。左が「オリジナル(位相反転)+SHM-CDミックス」、右が「オリジナル(位相反転)+通常CDミックス」で得られた波形の統計データ。

 

両者とも「サンプル最小値:0、サンプル最大値:0」、つまり「オリジナルデータ = SHM-CD再生で得られたデータ = 通常CD再生で得られたデータ」ということが言えます。

結論。

SHM-CDと通常CDをCDプレーヤーで再生する時、(エラー補正がどのくらいの頻度で行われているかは別として、結果としては)CDプレーヤーは両者から同じデジタルデータを読み出すことが出来る。そこからD/A変換して得られるアナログデータも当然、同一である。よってSHM-CDと通常CDとのあいだに再生音質の差は無い

...実験手法、間違ってないよな?

上の結論は言い過ぎかも知れませんが、ともかく、出来る限り誠実にこの実験結果を報告するならば、こうなる。

『これがSHM-CDだ! 2』にパッケージされているSHM-CD&通常CDに収録されている『My Cherie Amour』については、うちの再生機器で再生する限りにおいて、音質に差は無い。

なんだか極々当たり前の結論を得るために何時間も費やした自分がバカみたい(笑)。

とはいえ、別に「人間のココロの作用」とかを否定するためにこの実験をしたわけではありません。単純に「SHM-CDと普通のCD、俺は聴き比べても同じに聴こえる。物理的にはどうなんだろう」という素朴な疑問を解決したかっただけ。

例えば「この薬はとってもよく効くんだよ」と言われれば実際に効き目が増幅されたり(いわゆるプラシーボ効果ね)、さっきまで気にもしていなかった女の子にちょっと親切にされたとたんに、その女の子が急に可愛く見えるようになったり、そんな「対象物は物理的に変化していないのに、自分のココロやカラダには異なった作用を与える」という現象は、とても面白いと思います。

同じように「従来より高品質」というラベルが貼ってあるCDは、確かに音が良いように聴こえる...というのも面白い。

ただ、それが商売になるとちょっと...という気がしないでもない。
まぁでも今回の結論は「少なくともうちで聴く限りにおいて音に差は無い」という局所的な話なので、「高品質CD」を作ってらっしゃる方々は、あまり気にする必要は無いですよ。

と、取って付けたようなフォローを持って、この記事を締めさせて頂きます。

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SHM-CD、HQCD、Blu-spec CDで発売されているタイトル(特に再発シリーズ)、ラインアップは、正直とっても惹かれるものがあります。

SHM-CD発売タイトル @Amazon.co.jp
HQCD発売タイトル @Amazon.co.jp
Blu-spec CD発売タイトル @Amazon.co.jp

通常CDと比べて値段が高めな場合が多いのも「ディスクに良い素材を使っているからだなぁ」と、好意的に解釈してみよう。

終わり。


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